ーー今迄のキャリアを教えて!
大学の建築学科卒業後、カメラマンのアシスタントなどを経て雑誌のカメラマンとして活動していました。
というのも、ジェームズナクトウェイなど戦場カメラマンに憧れがあったためで、時間ができるとアフガニスタンやフィリピンの海賊を取材し、雑誌に寄稿をするフォトジャーナリストとしての仕事もしていました。
父が不動産屋をやっていたため20代の後半に不動産業に転職、中堅の不動産仲介業者を経て、現在に至ります。
ーーアフガニスタン、フィリピンでの取材の話を聞かせて?
アフガニスタンでは難民キャンプで銃を突き付けられたり、フィリピンでは海賊に連れていかれそうになったり、危険な目にもあったので、「生きてさえいれば何とかなる」という楽観的な考えが様々な経験で培われたかと思います。

大学在学時より戦争や貧困といった問題に関心があり、それらが実際に起こっている現場を自分の目で見て、世界にその現実を伝えたいと考えていたのですが、そこで見たものは、実際に起こっている問題の大きさ・深刻度は違えど、問題の根源は日本であっても一緒で、権力や利権といったものが何らかの犠牲の上に成り立っているという現実でした。
貧困や民族の問題なども日本にも少なからずありますし、権力や利権といった問題により犠牲になっている方もいます。そういった問題を取材して、問題意識を持っていただくきっかけにはなるとは思いますが、どれだけその現実を社会に発信しても問題の根源をなくすのは写真の力だけではどうのもならないように、日本の人があまり興味がない海外の戦争や貧困を「写真の力でどうにかするのは非常に難しい」と痛感するようになりました。
戦争、貧困を身近に抱えている人々は、生死を非常に身近に感じからか、生きることへの凄まじいエネルギー発しているのですが、元気のない日本社会の中で、私たちが学ばなければいけないことや、そうした問題を見た私が伝えなければならないのは、むしろ彼らの持つ「生きることへの執着」そのものであろうと感じるようになりました。
「権力や利権のためでなく、社会をよくするため」「元気のない日本を元気にする」海外取材をする中で「本当に自分がすべきこと」はそういう事だと思っていました。写真で伝えることの限界を感じる中で、目的を達成するための職業として思い浮かんだのは、小さな街の不動産屋を営む父の姿でした。
ーーそれでフォトジャーナリストから不動産屋に?
「社会を良くしたい」という思いで、フォトジャーナリストの仕事をし、写真の限界を感じる中で、父が常々言っていた「不動産は夢を売る仕事だから」という言葉がなぜか頭に残っていました。
「”不動産で社会を良くする”そんなことができれば、めちゃめちゃ楽しそうじゃん」
そんなことを考えるようになり、「やるのであれば一番厳しい所」と思い入社したのが、首都圏で一番厳しい不動産仲介業者でした。
ーー採用された会社はどんな会社でした?
首都圏の不動産業者の方であれば誰もが知るかなり体育会系の不動産仲介業者です。入社したころは8時出社で夜12時まで仕事、休日は無く、休日も会社に泊りで”輪転”(2色の広告原稿)を刷って、「反響を頂けないので先輩たちが追客していないお客様を追客する」という日々が長く続きました。
そんな中で先輩方の仕事を見よう見まねで覚えながら、先輩たちの決めきれなかったお客様を契約する中で、反響も頂けるようになり全店舗1位にもなりました。
「THE営業会社」という社風で、凄い方々も沢山いて、個々の営業能力も非常に高い会社だったので勉強になったのですが、個人の能力に依存する営業会社は属人性が高いことと、全国規模の会社になるためには個人に依存せずに高い再現性を仕組化していく必要性を感じていました。
また、不動産仲介業に携わる人々の営業力の高さをに敬意を持つ一方、不動産市場が日本の少子高齢化、人口態様の変化、デジタル環境の変化、生成AIの進化によって大きく変わっていく中で、不動産仲介業が衰退していくであろうことを予想していました。
当時から再建築不可物件や傾斜地、市街化調整区域などの特殊な不動産に触れてきたのですが、そうした空き家の原因となる活用の難しい不動産が今後日本社会においても非常に大きな問題となってくるであろうことを予想、解決していく事の必要性を感じていたことが、ドリームプランニングの現在の事業形態にも繋がっています。
ーー今後会社をどうしていきたいですか?
夢はもちろん世界一です。当社はビジョンに「あらゆる不動産問題を解決し、人々の喜びと幸せを追求する」と掲げています。
この業界自体が抱える課題、日本が抱える課題が業界にいる中で見えてくるものです。一番深刻なのは空家の問題ですが、旧態依然とした業界の体質や、デジタル化の遅れなどもかなり大きな問題です。
人口が減少して空き家もどんどん増え、労働力も少なくなり、社会環境が悪くなる中で、デジタル面でも海外にどんどん差をつけられるのが目に見えています。そんな中で、誰かが世界と対等に戦える不動産会社を創らなければならないのだと感じています。
ーーどうして世界一になりたいんですか?
そこ聞きますか(笑) 端的に言うと、「楽しそう」だからです。
日々働いていて、何を目的に生きているか?と聞かれたら、お金は最終的な目的にはならないと思います。数億円のお金を持っていても、自分の為だけに使って誰も評価してくれなかったら面白くは無いと思います。妻にはつまらない人間だと言われますが、広い家に住む事も、いい車に乗ることもあまり興味がなく、そのために働くというのも自分には向かないと思っています。
ですが、googleを創ったとか、microsoftを創ったとか、そういうチームを作る方が楽しそうですし、自分たちがそれを創って、多くの人に喜んでもらえるという方が社会に対する貢献度も高く、魅力的な人生だと思います。すごくわかりやすく例を挙げると「髙橋の家ビルゲイツの家より大きいね」と言われるより、「ドリームプランニングってマイクロソフトより凄いよね」って言われた方が嬉しいなと(笑)
家や車は個人や家族のものですが、会社はもっと多くのメンバーが集まって創っていくものです。個人やその持ち物には興味はないですし、それを褒められるよりも、皆が創った会社で皆がそれぞれ活躍して、チームとして社会の貢献するという事の方が社会にとって意義がある事ですし、そういう会社を創っていくことが私がここにいる使命なのだと思います。
今、自分達に出来ることは目の前のお客様のお役に立つことだと思うのですが、その輪が限りなく広がっていったときに、世界一に到達するものだと思っています。
ーー輪を広げるために何をしますか?
今、私たちにできることは目の前の空き家に困っているお客様の問題を解決することです。そのためには、私たち自身が空き家に対する理解を深め、常に新しい問題解決方法を発見していかなければなりません。
当社では、2002年の創業より他社様では購入できないような底地、再建築不可物件、市街化調整区域、共有持分などの買取を行ってまいりまして、日々案件ごとに違った問題解決を行い、不動産を再生して再度市場に流通させるような仕事をさせていただいております。
こうした業務の中で培った知見をもとに、全国に買取の事業を展開させていかなければならないと考えております。
また、空き家問題は非常に大きな問題であることから、全国の不動産業者と不動産でお困りの方をマッチングするサービスを無料で提供しており、こちらのサービスも誰もが空き家マッチングサイトとして知るようなサービスに育ててまいります。

ちなみに、私達のビジョンに「あらゆる不動産問題」を解決すると定義しているように、解決すべき問題は広範囲に渡ります。
今は「売却が難しい不動産の買取、販売」や「不動産SNSウチカツの提供」による空き家問題解決を事業の柱としておりますが、日本の資源や土地所有の問題、不動産業界におけるデータベースや情報の分断・それによる不動産業界におけるデジタル化の著しい遅れの問題など、将来的には解決しなければならないあらゆる不動産問題に取り組んでまいります。

当面はニッチな不動産分野での日本一を目指し、
次のステップで世界一を目指してまいります。



